【前面展望】
きょうは、巷で話題のいま最高にクールな動画を紹介するぜ!(アメリカの健康器具のCM風)。それは、
前面展望
です!!!
いきなり「前面展望」と言われても、おそらくたいがいのひとはピンとこないでしょう。かく言うぼくも、数週間前まではそうでした。
かんたんに説明すると、鉄道マニアが電車の最前部にカメラを据え付け撮影した動画を、YouTubeなどの動画サイトに個人的な楽しみのためにUPしたもの、それが「前面展望」なのです。ためしに動画サイトへ行き、【前面展望】というキーワードで検索をかけると全国津々浦々の鉄道路線の〝前面展望〟動画が一覧に出てきて驚かされます。
ぼくはいわゆる〝鉄ちゃん〟ではありませんが、それでも子供のころは電車に乗れば運転席に顔をひっつけて景色をみる、特急列車の写真を撮りに同級生と早起きして駅にゆく、初めてのった寝台列車で興奮のあまり鼻血を出す、程度のごくありふれた乗り物好きの少年ではありました。とはいえ、大人になったいまでも電車やバスに乗れば車窓からの風景をぼんやり飽きもせず眺めているような人間なので、ひょんなことからこの「前面展望」動画を発見したときにはちょっとした感動でした。
さて、では「前面展望」をどう楽しむか、それはひとそれぞれ色々な楽しみ方があるにちがいありません。マニアにはマニアにしかわからない、そんな「ツボ」がきっとあるのでしょう。ぼくはといえば、たいがいこうした「前面展望」動画を就寝前、寝床にもぐりこんでスマホで見ています。車窓にひらける長閑な郊外の景色など眺めているとちょっとした旅気分を味わえますし、なにより日常のおだやかな世界の中に張り詰めた心も身体も溶けてゆくようです。余計なBGMが一切ないのもいいですね。
京都の叡山電車、堀江敏幸の小説世界を思わせる西武国分寺線や西武多摩湖線のそこはかとないサバービアな空気感もたまらないのですが、ひとつ〝推し路線〟を挙げるとすれば、JR青梅線の「御嶽ー奥多摩」間の前面展望ということになるでしょうか。
夏の瑞々しい緑の中をゆっくり走る単線のローカル線。にわかには東京都内とは信じがたい景色が続きます。ひとの気配のないひなびた駅舎、カーブを抜けトンネルをひとつ越すたびに山々の懐に深く分け入ってゆくような景色の変化、そして白眉は終点・奥多摩駅の手前にある全長1,270メートルの氷川トンネル。1分半ばかり続く暗闇の後、カーブの先にぼんやりと出口の丸い光がみえてくるとホッと安心します。奥多摩の廃線が舞台になっている中村弦の小説『ロスト・トレイン』を読んだひとなら、このままパラレルワールドに迷い込んでしまう錯覚をおぼえるかも。
そして、今宵も〝前面展望の旅〟は続くのでありました。
2月14日は「友達の日」です
きょう2月14日は「ヴァレンタインデー」ですね。
この日不二家のハートチョコレートを貰えるか否かが、昭和の小中学生男子には人生を左右するほどの一大事でありました。そう、「不二家ハートチョコレート」は当時の少年にとってはゴディバの数百倍も価値のある、言ってみれば〝オトコの勲章〟のようなものだったわけですよ!!! すみません、つい興奮してしまいました……。
しかし、いつしか「義理チョコ」なる慣習が蔓延し、ついには「友チョコ」なる新語まで登場しここにきて完全に「ヴァレンタインデー」もサードウェーブ化したのではないかと思われる昨今ですが、こうした〝ガラパゴス化〟をすでに先取りしていたと思われるのがフィンランドにおける「ヴァレンタインデー」です。
フィンランドで「ヴァレンタインデー」といえばそれは「友達の日」のことであり、性別に関わらず親しいひと、日頃お世話になっているひとにカードを贈ったり、花や本をプレゼントするのが通例となっています。さすがは、3人称に男女の区別がない国フィンランド! ヨーロッパで初めて女性の参政権が認められた国フィンランド! 聞くところによると、じっさいフィンランドではクリスマスに次いで郵便局が忙しいのはこの「ヴァレンタインデー(友達の日)」なのだとか。毎年「友達の日」には、特別に記念切手も発行され人気を博します。ことし2016年の切手を飾ったのは、アンネ・ヴァスコさんのイラスト(画像)。個人的には、鳥のしっぽに蝶々がのっている絵柄がお気に入り。
ところでヴァスコさんといえば、2011年の来日時イラストレーターの福田利之さんとともにここmoiでのトークイベントに出演してくださったので、憶えている方もあるいはいらっしゃるかもしれません。
そして思うのです。もうそろそろ、日本の「ヴァレンタインデー」も「友達の日」ってことでいいんじゃね? と。
「Hemisphere」04号
徳島アアルトコーヒーの庄野さんが発行するZINE「Hemisphere」の第4号が出ました。特集は「town」。庄野さんの人柄を反映して、今回も多彩な執筆陣が参加しています。ぼくもまた、前号に引き続き文章を書かせていただきました。
執筆陣は次のとおり
キッチンミノル(フォトグラファー*表紙写真)
木下綾乃(イラストエレーター)
甲斐みのり(文筆家)
堀部篤史(誠光社店主)
堀内隆志(cafe vivement dimancheマスター)
高山大輔(かもがわカフェ)
長谷川ちえ(エッセイスト、in-kyo店主)
落合恵(イラストレーター)
井口奈己(映画監督)
熊谷充紘(編集者)
曽根雅典(三軒茶屋nicolas料理担当)
石亀政宏(夜長茶廊店主)
大塚いちお(イラストレーター・アートディレクター)
カサイミク(コピーライター)
岩間洋介(moi店主)
しゅんしゅん(素描家)
山田稔明(シンガーソングライター)
トラベラーズチーム(TRAVELER'S FACTORY)
タナカヨシユキ(ツバメコーヒー店主)
tomoko style(漫画家)
藤原康二(ミルブックス主宰)
田辺玄(WATER WATER CAMEL *付録CD)
広瀬裕子(作家・翻訳家)
ところで、庄野さんからの依頼は「〝town〟というお題でなにか書いて下さい」というシンプルなもの。迷った挙句、ぼくはかつて吉祥寺に移る前5年半ほどお店をやっていた荻窪という街のこと、そこで出会い、(たぶん)街を後にしたひとりのお客様とのエピソードを、コール・ポーターの「町を出よう」というスタンダードナンバーに引っ掛けて書かせてもらいました。「カフェ」とは、出会いの場所であると同時に時間であり、ときにその記憶でもあるということ。
どこかで、なにかの折に手に取っていただければ幸いです。なお、当店でも現在お取り扱いしておりますのでご希望の方はぜひお求めください。
原田マハ『ジヴェルニーの食卓』
歴史に名を残す画家たちの〝最後の日々〟を、身近で接した女性たちの眼をとおして描き読後に静かな余韻を残す短編集。
登場するのはマティス、ドガ、セザンヌ、そしてモネの4人。たとえば、マティスをとりあげた『うつくしい墓』は、老いてなお枯れることを知らない天才のインスピレーションとその創造を支える周囲のひとびとの献身的な愛を若いメイドの眼をとおして語らせながら、それが同時にマティス晩年の傑作《ロザリオ礼拝堂》誕生の隠れた物語にもなっている。
それぞれの物語には、共通して女性たちが早朝「窓を開ける」シーンが登場する。 それは、刻々と迫る敬愛する老画家との「別れ」へのカウントダウンであり、また、〝最後の日々〟を共にできることへの「歓び」をあらわしているのではないか。
実在の画家たちが登場するとはいえすべてはあくまでもフィクションであり、そういうことがあったのかもしれないし、またなかったのかもしれない。けれども、そうした事実関係の詮索よりも、史実をもとに、その隙間をていねいにパテで埋めてゆくような作者の驚くべき想像力と知的な遊び心をこそ楽しむべき本なのだと思う。これもまた、「絵」を愛するひとつの方法にちがいない。
【寄席おぼえがき】2/9鈴本演芸場2月上席夜の部
菊志ん師匠には寄席が似合う。
浅めの出番で高座に上がり、それまで重たかった客席の空気をガラッと変えて下がってゆく、そんな場面に幾度か出くわした。〝仕事人〟という呼び名がぴったりの噺家。
じつはなにをかくそう、師匠がトリを務める日に寄席を訪ねるのは今回が初めて。火焔太鼓、浜野矩随、寝床、百川、子別れ、明烏、しじみ売り。初日からここまでに掛けたネタをみずからのブログに師匠が挙げていた。さて、今日はなにを掛けるのだろう? 菊志ん師匠らしい、カラッと明るく楽しい噺だとうれしいのだけれど。
それはともかく、である。昨晩の鈴本演芸場の客席は様子がヘンだった。噺の途中で突然立ち上がり舞台に背を向けて仁王立ちする男がいるかと思えば、スーツ姿のおっさんグループはいちいち茶々を入れて水を差す。ビニール袋のガサガサ音は終始鳴り止まず、振り返って睨みつけるおばあちゃんがいる。気持ちはよくわかるが、こちらとしてはどうにも落ち着かない。浅草ならいざ知らず、鈴本でここまでのことはあまりない。とはいえ、寄席に通っていればこういうことだってあるのだし、そんな客席だからこそ百戦錬磨の寄席芸人たちの仕事ぶりに触れるいい機会かもしれない。そんなふうに考えて諦めることにした。
開口一番は、小せん師匠の弟子のあお馬さんで「金明竹」。達者な前座さん。言い立ても早口言葉風の一辺倒ではなく、ゆっくり喋ってみたりと変化をつけて工夫がある。そもそも骨董品の名前からしてすでに呪文のようなのだから、早口じゃなくても、上方の訛りでなくてもけっきょく与太郎やおかみさんには通じないのである。
続いて、二つ目の志ん吉さんは「子ほめ」。八五郎は、ガサツというよりはテキトーな感じ。いっそのこともっと軽い人物にしちゃっても面白いかも。鏡味仙三郎社中は、仙三郎と仙成のふたり。仙成さんは初めてだが、早回しのスピード感は若いだけあってさすが。急病の圓太郎師匠に代わり登場したのは燕路師匠。「パンフレットに私の名前は出ておりませんが、深く考えずにただ身をまかせていただければ極楽にお連れすることになっております」と「だくだく」へ。絵に描いたネコに、わざわざご丁寧に「タマ」と名前まで入れるところが面白い。客席も一気に温まる。燕路師匠、かっこいい。
菊千代師匠は、娘の縁談をめぐり母親と娘の奉公先のおかみさんとがとんちんかんなやりとりをする「お千代の縁談」。自作のネタだろうか。いかにも寄席らしいマギー隆司先生のマジックにほっこり。馬石師匠の「鮑のし」は、甚兵衛さんが大家のところにアワビを届けるくだりまで。はたして目論見どおり一円は貰えたのだろうか。なんか、きっと貰えそうな雰囲気だったな。
一朝師匠が中入りだと、ちょっと得をしたような気分になる。その上、師匠お得意の威勢のいい江戸言葉が〝炸裂〟する「三方一両損」ときたら、もう文句なし。大岡裁きの見事さよりも、「こいつら絶対また喧嘩する」という苦笑いのほうが勝る「三方一両損」。絶品。
ホームラン。勘太郎先生が、最近逮捕された清原に似ているというまさにタイムリーな話題から。いつものテレビショッピングネタだが、最近ご無沙汰だったので初めての製品も登場。スマホで客に商品を検索させたりと、ざわつく客席をあえて巻き込んでの今夜は浅草仕様!? はじめて聴く鬼丸師匠は、自作の「新・岸柳島」。大学時代、小田急線の車中でヤンキーに絡まれた出来事をネタにした新作。サゲを聴いてなるほど納得。面白い。ヒザは二楽師匠の紙切り。ハサミ試しの「桃太郎」は誰も取りにこないのに、師匠が「ご注文はありますか?」と口にした途端5人くらいが一斉に大声で叫んだのには驚いた。二楽師匠、すかさず「落ち着いてください」。お題は、浅田真央、流し雛、浦島太郎と織姫の雪合戦(同時に叫んだふたつのお題を合体)。
いよいよ主任の菊志ん師匠登場。「戻ってくる芸人がみんな顔を紅潮させているのできっと今日のお客様はやりやすいのでしょう」と、まずは持ち上げつつさらりと牽制。さすが。
旅先で実際にあったちょっとコワい出来事のマクラから、旅の乗合船がサメに取り囲まれてしまう「鮫講釈」へ。おなじ噺でも、主人公が上方のひとで金比羅参りの帰りの出来事だと「兵庫舟」、お伊勢参りの江戸っ子が主人公だと「桑名舟」と名前が変わるのだとか。ということは、「桑名舟」の後半に講釈師が登場し、「五目講釈」を披露すると「鮫講釈」になるということか。
前半は、江戸っ子二人組と同船した上方のひとによる謎かけ。客席から入る茶々もうまく取り込んで噺を進める師匠。講釈師、一龍斎貞山の弟子で貞船(ていせん)先生が登場するところでちょっと地噺風に「うまい」講釈師の説明がおもしろおかしく入るのだが、こういう説明は講談にあまりなじみのない人間にはありがたい。「鮫講釈」のなかには、最後の一席なのでいろいろな読み物をあえてミックスして…… という型もあるようだが、菊志ん師匠の「鮫講釈」に登場する貞船先生は一見立派にみえるが、そのじつ胡散臭くも思える人物。緊張で混乱しているのか、はたまたテキトーなのか判然としない。やけっぱちな感じもする。
五目講釈に入ってからは、そのスピードと勢いとに圧倒されたか、すっかり酔漢も大人しくなってしまった。あの客席にしてこのネタだったのだろうか。さながら菊志ん師匠の技アリといったところ。
ーーーーー
2016年2月9日
上野・鈴本演芸場2月上席夜の部
ーーーーー
◎古今亭志ん吉「子ほめ」
◎鏡味仙三郎社中(太神楽曲芸)
◎柳亭燕路「だくだく」
◎古今亭菊千代「お千代の縁談」
◎マギー隆司(奇術)
◎隅田川馬石「鮑のし」
◎春風亭一朝「三方一両損」
〜仲入り〜
◎ホームラン(漫才)
◎三遊亭鬼丸「新・岸柳島」
◎林家二楽(紙切り)
主任:古今亭菊志ん「鮫講釈」