A・C・ジョビンの秘密の<中庭>へ
伊藤ゴローさんの新譜『アーキテクト・ジョビン』を来月5日の発売に先がけて聴かせてもらいました。
「バラに降る雨」「ルイーザ」「インセンサテス」といったおなじみの曲をふくむ全編インストゥルメンタルによるアントニオ・カルロス・ジョビンのソングブックなのですが、いままでのジョビン集と明らかにちがうのはドビュッシーやショパンなどクラシック音楽を偏愛し影響を受けた彼の横顔に光をあてていることにあります。ギターの村治佳織やチェロの遠藤真理といったクラシックの演奏家たちをフィーチャーした特別編成のアンサンブルによる演奏は、聴きなれたジョビンの曲の中にまだこんな<響き>が隠されていたのか! という新鮮な驚きと喜び、発見をもたらしてくれます。
と、同時にその作業を通して<作曲家・伊藤ゴロー>の顔が見られるのもファンとしてはうれしいところ。作曲家としてのゴローさんには、アマゾンのそれとはちがうしっとりとした<湿り気>を感じます。思うにそれは、ゴローさんが生まれ育った<雪国>のそれなのではないかな。ブラジルの巨匠の作品を取り上げながらも、ゴローさんの手にかかると雪に閉ざされた無音の世界や雪解け水をあつめた春の渓流、むらさき色に霞んだ山々や色やかたちを刻々と変えてゆく夏の雲といった日本の景色が目に浮かんでくるのがなんとも不思議です。
アントニオ・カルロス・ブラジレイロ・ヂ・アウメイダ・ジョビン。敬意と親しみを込めてトン・ジョビン。彼を一軒の<屋敷>にたとえるなら、そこには外からは見ることのできない実は秘密の<中庭>があって、その<中庭>にはジョビンが偏愛し大事に育ててきた可憐な花々が咲き乱れているのです。このアルバムを聴くとき、だからぼくらはゴローさんの手引きでそんな<中庭>に案内されているような気分になります。
いい眺めでした……
思わずそんな感想をつぶやきたくなるこの『アーキテクト・ジョビン』。ボサノヴァ好きだけでなく、クラシック好き、いや五線紙の野に咲く花々を愛するすべての人たちにぜひ耳傾けてもらいたい作品です。