鼻血出てるよ
巷では運賃が100万円近くもするような超豪華列車が話題だが、その一方で<ブルートレイン>の愛称で知られた寝台特急が廃止されたまま復活の兆しが見えないのは返す返すも残念なことである。
ぼくが子供のころ、<ブルトレ>(注 ブルートレインの略)に乗ることは夢であり希望であり、またあこがれであった。飛行機ならコンコルド、電車ならブルトレ、伊東に行くならハトヤ。昭和の少年にとってのプレミアムとはそういうものだったのだ。
夢が叶って、ぼくが寝台特急「出雲」号に乗車したのは、たしか小学4年の夏休みのこと。正直、電車の揺れと騒音、「B寝台」の窮屈なベットは快適とは言い難かったが、「いま俺はブルトレに乗ってるんだぜ!」と世界に向かって叫びたくなるような興奮でとてもじゃないが眠っているような心持ちではなく、それもまったく気にならなかった。
深夜になっても眠くならなかったぼくは、寝静まったブルートレインの車内をせっかくなので探検してみることにした。
「ぼく?ちょっと」。しばらくすると、向こうからやってきた車掌さんがぼくを呼び止めた。ま、眩しい! 夢にまで見たブルートレインの車掌さんである。ジュリーが一本足打法でエレキングをやっつけるくらいのカッコよさである。ぼんやり口からヨダレが垂れるようなアホヅラで佇んでいるぼくに、車掌さんは言うのだった。「ぼく? ちょっと。鼻血出てるよ」。そう、ブルトレに乗った興奮で、小学4年のぼくは鼻から血を流したままそれにも気づかず列車内を徘徊していたのだった。そして、車掌さんはおもむろにトイレの扉を開け、ぐるぐるとトイレットペーパーを腕に巻きつけて出てくるとぼくの鼻の穴にトイレットペーパーを詰めてくれた。いまでもきっと、ゴワゴワの固いトイレットペーパーを鼻の穴に詰めさえすれば、ぼくはいつでもあの甘酸っぱい<ブルートレイン>の一夜を鮮やかに思い出すことだろう。
まあ、なにが言いたいのかというと、企業は、裕福なお年寄りや爆買いする外国人の懐ばかり狙ってないで子供が鼻血出すくらいの商品をつくってみろ! そう言いたいのであるよ。